Menu

水面下

It ’s an unofficial fan site.

漣×タケル

それは「告白」のようなもの。
17歳の漣と16歳のタケル。タケルに殴られてからずっと追いかけてる設定の話

追い掛けられるのは

 まだ大河タケルが16で、牙崎漣が17の話だ。

 大河タケルの拳を顔面に食らい、それから追い続けてきた牙崎漣は、今日も朝から大河を探す。
だいたい見つけられるところは限られているため、その辺りを張ればいつも捕まえることができた。

 しかし、いつもの時間いつものルートを待てど暮らせど奴が来ないのだ。
走らない日もあるにはあることを知っているが、確か今日は大河が走る日だったと、今まで追い続けた記憶が自分に告げる。
今日は遅いのか、走らない日なのだろうかと、いつもと違う朝に違和感を覚えながら、考えても無駄だと感じいつも大河が走っている道を逆走してみようと思った。
遭遇したらこっちのモンだ、いなかったら今日はもう諦めよう。
漣は肩辺りまで長くなり始めた後ろ髪を適当に束ね、紐でまとめながら足を進めた。


 気がつけば、以前大河と初めて出会った公園までやってきていた。
殴られた場所まで来て足を止め、出会った時のことや今までのことを思い返す。
殴られ、負けたと感じて、悔しくて、勝ちたくて、ほとんど自分の押し付けであったが、あれから奴を何度も追い掛けてきた。
大河は自分のことを無視したり文句のひとつを吐きはするものの、酷い嫌悪感を特別示してきたり、道を変えるようなことはせず、ただただ「うるさい、あっちいけ」と飛んでくる文句を言ったり、振り切っていくだけだった。
そしてそのやりとりをするたびに、今日こそは、明日こそはと、滾る感情に胸を高鳴らせたものだった。
今日も変わらず、それが始まると思っていたのに、結局その日は結局大河を見つけ出すことはできなかった。

そして、その日を皮切りに、大河タケルは牙崎漣の前に姿を見せなかった。


 数日、漣はいつものようにルートを巡ってみたり、逆走してみたものの、やはり大河を見つけることはできなかった。
今日も大河を待ち伏せしようと、ベンチに腰掛ける。
熱くなった体を落ち着かせようと自販機で買った水はすぐに飲みきってしまい、空っぽのただの入れ物になっていた。
手持ち無沙汰を誤魔化すために、両手でパキパキとペットボトルをへこませてみたり、潰してみたりしながら、漣は見つからない姿を探すように宙をぼうっと見つめた。

 そこでふと、漣の中に先程までは考えていなかった思考が生まれる。

 自分のことが嫌々になり、コースや時間を変えたのだろうか──

 自分は、大河に無意識に甘えてしまっていたのだろうか。
邪険にされないことをいいことに、しつこくしつこく追い続け、チビと呼び、勝負をしろと叫び、けしかけ続けた。
それが嫌で消えてしまったのだろうかと、自分らしくない考えに頭をぐしゃりと掻きむしる。

 しかし、そんな考えは今に始まったことではなかったのかもしれない。
大河を探して、日を追うごとに、駆ける足が早くなり、焦る感情に揺さぶられるように呼吸もロクに整えられず、
何かに気持ちをぶつけるように、乱暴に体を走らせていた自分に気付いていた。
最後には必ず、いつもの公園までたどり着いて、そこから先へ行くことができず、足を止めることになっていた。

 心のどこかで、不安は、あったのだ。

 嫌悪を示されたのか、愛想をつかされたのか。
数日の物足りなさに、不思議な不安感に包まれた。
そもそも愛想なんてものは奴には感じられていないのだろうが、それでも、今まで嫌がられながらも顔を付き合わせてはくれていた。
だからその姿を視界に捉えられないことに、妙な喪失感を覚えてしまった。
なぜそう思うのか、奴に対して感じてしまうのか、漣は戸惑い、初めての感情を自分自身に説明できるはずもなく、
ただただ突然消えた存在に八つ当たりみたいに苛立つことしかできなくなっていた。

 あの日から、いつもの日々は終わってしまっていたのだろうか。

 どうして自分がこんな気持ちになっているのか、イライラしはじめた漣は地面を踏み鳴らして立ち上がる。

「くそ……っアイツ、オレ様から逃げやがって、……オレ様の勝負も受けないで!」

 掌を握った拍子に、バキッと空のペットボトルが鳴る。
はっと目線を落とせば入れ物はバッキリと潰れていた。

 牙崎漣の心はまるでこの空の入れ物のようだった。
今まで満たされていたのに、それは何かの拍子でフタが外れ、ぼたぼたと満たされていたものがこぼれ減っていき、空になってしまった。
しまいには、空の入れ物は己の感情という圧により、形を保てなくなったのだ。
空の入れ物の悲惨な姿を見て、何故か無性にそれが悔しくなって、しかしこの気持ちをぶつける相手がいないことに
漣はもどかしい衝動に耐えられず、入れ物を持っていた右手を勢いよく振り上げた。

「……っどこ行きやがった、チビ!!」

 叫ぶと同時に、感情と共に、空の入れ物を勢い良く地面に叩きつけた。
 地に当たりバンッと鈍い音を立てた入れ物は、そのまま跳ねカラカラッと転がって行ってしまった。

 そのまま悔しい気持ちも、どっかに転がって行ってしまえばよかったのに。

 空の入れ物を握り潰していた掌は、今までそこにあったものを失い、ただただ虚しく握っていた感覚だけを残していた。
 悔しい気持ちも、それだけは漣の中に残ってしまった。

 今日も、これ以上待っても無駄なのだろう。
 漣は落胆しそうな気持ちを抱えて、そのまま踵を返し、場を後にしようとした。


「……おい、ゴミはゴミ箱に捨てろよ、馬鹿」


──耳に馴染んでいた声がした。

 その声を逃がすまいと、漣はバッと顔をそちらへ向ければ
 ああ、いつも探していた姿が、そこに、いた。

「……てめぇ」
「ほら、ちゃんとしろ」

 大河タケルは地面に転がったペットボトルを拾い上げ、直前までそれの持ち主であった漣を呆れた顔で見つめながら、投げて渡した。
言われるままに、投げられた潰れたペットボトルを受けとった漣は、突然現れた大河タケルという存在に掛ける言葉を探していた。
今の今まで、ぶつけたい感情は確かにあったのに、いざ目の前にするとどれをぶつければいいのか、わからなくなった。

 なぜ数日間姿を見せなかったのか。

 自分のことに呆れてしまったのか。

 今は違う道を走っているのか。

 勝負を仕掛けられるのが嫌なのか。

 とうとう牙崎漣という男を嫌いになったのか。

 お前は今後、自分の前には姿を現す気はないのか。

 どうして。

「……逃げてたのか」
「は?」
「……オレ様が嫌で、隠れて逃げてたのか」
「……なんの話だ」
「チビ!!てめーずっと!!いなかったろーが!!」

 とぼけた返事しかしない大河に、漣はとうとう感情を爆発させた。
嫌なら嫌だったと言えばいいのに、どうしてこちらからお前の気持ちを伺わなければならないのだという怒りだ。
大河はといえば、突然わけのわからないことを言われ意味がわからないしなんで今怒鳴られたんだといった顔で、またしても呆れた顔をしていた。
しかし漣の様子に思い当たることがあったのか、大河は「あー……」と声を漏らし、今度は困ったような表情で自分の頬に貼られた絆創膏をかりかりと掻いた。

「……しばらく、ボクシングの合宿と試合で、遠征してたんだが…」
「…………はぁ………………?」

 大河の言葉に、漣がぴたりと止まったかと思えば、間抜けに気の抜けた声が出た。
そんな漣の様子に、なんだ言葉が通じなかったのかとでも言いたげにもういちど言葉を繰り返した。

「いやだから、ボクシングやりに…」
「先に言えよバァーーーーーーカ!!!!」
「なんでオマエに言う必要があるんだ!!!」

 せっかく説明したのに馬鹿だなんだと逆ギレされて、大河もたまらずキレた。
それからぎゃんぎゃんと言い合いを始めて、ついにはもういいと言って大河がいつものコースで走り出そうとしたものだから、漣は「逃げんじゃねぇ!」と叫んで追い掛けた。

 たった数日、姿を見なかっただけなのに、妙な懐かしさと安堵感が漣の中に満たされ始める。
姿を見せなかった理由は自分ではなかったのだ、またあの姿を追いかけられるのだ。
漣は、走る大河の姿を目に焼き付けるように改めて見つめると、違和感を感じた。
その背中は、今まで追っていた背中と変わらず同じな筈なのに、今まで以上に見逃せない存在になっていた。
何が違うのかはわからない、わからないのだが、漣の中に確かな感情が芽生えていた。

──あの背中を、もう逃してなるものか。

 漣は己の走るスピードを上げ、大河の隣に並んだ。
大河は、並走されさらに少し前に出られていることが気に触ったのかあまり良い顔はしていなかったが、決して邪険にはしてこなかった。
そんな姿を見ながら、漣は大きく息を吸い込むと、もう一歩、大河の前に出た。

「オイ、チビ、聞け!」
「……なんだよ!」
「てめーがオレ様と勝負しない限り、ぜっってーー逃がさねーからなバァーーカ!」

 それは、宣戦布告だった。
 自分は大河タケルに正々堂々と勝ちたい、自分の方が強いに決まっている、だからそれを証明したい。
 自分が負けるなんてこと、ないのだ。
 なのに、どこかで、なにかが大河タケルに負けている気がして悔しいのだ。
 だからそれがなんなのか、知りたかった。
 だから追い掛けた。
 だからこれからだって追い掛けるのだ。

「なんだよそれ、嫌だっつの!」
「……っじゃあオレ様の後ろでも走ってろ!」

 牙崎漣は、さらにスピードを上げて大河タケルの前に出る。
それを追うようにして大河もスピードを上げてきたのを感じて、漣はやけに優越感のようなものと、ビリッと体を走る電流のような感覚に襲われ、はっとした。
ああ、そうか、自分がコイツの前を走ればいいのだ。
追い掛けるのではなく、追い掛けさせれば良いのだ、この自分を。


「オレ様は最強大天才だからな!チビになんて勝てるわけねーか!」


 牙崎漣は、妙な高揚感に口許を歪ませ、くはっと笑って叫んだ。



追い掛けられるのは

2019/09/19 Site up
2018/03/18 Create

top