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水面下

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漣×タケル

お盆の話。漣タケが成人済み。付き合ってる。
死生観みたいな会話をしているので苦手な方は注意。
解釈違いとかあると思いますけど一つの解釈として受け止められる人向け。

願わくばその時は


 強い陽射しは肌を刺し、逃げ場のない熱気は嫌でもまとわりつく。沸き立つ入道雲の下では、短い命の灯火を叫ぶ蝉の声が嫌でも耳に残るようだった。

 日照りが強くなってからというもの、毎日のように迎えた季節に頭の中身が焦げそうで、肌に張り付く衣類を指で浮かせては風を迎え入れるように、タケルは衣類をパタパタとしきりに揺らした。
 事務所の前に辿り着くと階段を駆け上がり、扉を開ければ待ち望んでいた涼しい風がタケルの肌から浮いた汗の粒を冷やしていった。寒暖差でじわりと吹き出しそうになる汗を腕で拭いながら事務所に足を進めると、ソファーには呑気に腹を出して寝ている漣がいた。その向かいのソファーには恭二とピエールが一緒になって雑誌を読んでいた。
 おはようと二人に軽く挨拶してから事務所の奥に目を向ければ、プロデューサーと道流とみのりがなにやらカレンダーを見ながら話しているようだった。邪魔をしてはいけないなと横目で眺めながら、漣の眠るソファーの空いた箇所に腰を下ろし、入ってくる会話に耳を傾ける。
「この日からこの日はなるべくユニットの仕事はみんな入れないようにしてるから大丈夫、でも念のため行く日が決まったら教えてね」
「ありがとうプロデューサー、日帰りとはいえお休みもらっちゃって」
「自分はちょっと一泊が難しかったんで、助かったッス」
 みんなが指差している箇所を遠くからちらりと見て、タケルは「ああ、そうか」と口から言葉を漏らした。
「お盆の時期、か……」
「今年は結構みんな、行こうとしてる日が被ってるらしい」
「みんな、ごせんぞさまのお墓に、まいりしにいくんだって!」
「ピエール、お墓参りな」
 恭二曰く、今まで旧暦盆に行っていた者もいたが、遅れ盆である八月にお墓参りに行くメンバーが今年は多いのだという。主に親や兄弟を持つ者や学生たちは、家族が世間の大型連休に合わせたりしているらしい。
 何度かこの時期を迎えていたが、幸いにも今年の期間にはイベントなども少なく、仕事を無理に必要がないと判断したプロデューサーはみんながその辺りに行くならと予定を緩くしているようだった。
 もちろん“そういったもの”が無いメンバーもいるのだが、必要の無い者はオフをゆっくり過ごしてほしいというのがプロデューサーの提案だ。というよりも、そのプロデューサーも今年は親族が亡くなったこともあり実家に長い期間で呼ばれているため帰ってしまうのだと言う。
「お墓まいり!にほんのぎょうじ、やっぱりおもしろい!みんな、おんなじ日にごせんぞさまのとこ、いく!」
「ピエールさんのいた国は、そういうの無いんだっけ?」
「うん!ボクの国ではないかな?みんな、お墓、亡くなったひと、あいたいときにあいにいく!だからおぼん、ふしぎ!」
 にこにこと顔を輝かせているピエールを見て、なるほど国の違いかと恭二もタケルも納得の表情をした。
「恭二は、ことしはちゃんと、いく?」
「え、ああ……うーん、まだ考え中。行くとしてもお盆が終わってから……だな」
 突然のピエールの問いに恭二はビクリと肩を揺らした。恭二にもそういうものは存在するらしいが、どうやら行きづらい理由があるようだ。今までは恐らく行っていなかったのであろう墓参りも、今年は少し心境が違うらしい。その辺りの事情は詳しく本人から聞いたことがなかったが、タケルはあまり深いことを聞くのは野暮だと思い二人のやり取りを眺めているだけにした。
 『墓参り』なんて、もう何年行っていないのだろうか。最後に両親や妹弟と行った記憶は遥か遠い昔、あの時行った墓はどこにあるのかも、どちらの親族の墓であったのかもわからないまま離ればなれになってしまった。両親の親族を今更探すような理由もなく、今の大河タケルには手を合わせ先祖という概念に言葉を交わす存在は無いに等しい。
 故人を敬う感情はあれども、元から無いようなものに対してどうにかしようとは思わないし、それにこの事務所には同じような境遇の仲間もいるため、気にしなくて良いのだと自主的に思えたことが幸いだった。
 黒野玄武と、そして──
「んん……っうるせーな……」
「ああ、漣起きたのか。タケルもいたなら声をかけてくれれば良かったのに」
「すまない、邪魔するかと思って……もう行けそうか?」
 横で寝ていた漣が身動きをとったことで足が体にぶつかってくるのを手で払い除けながら、こちらにやって来た道流におはようと言葉を交わしてタケルは腰を上げる。足元に置いていたカバンを抱えると、漣の足をパシンと叩いた。
「ってぇな、なにしやがる!」
「レッスン行くんだろ、オマエも早く起きろ」
「あっちぃし、メンドクセー!」
「れーん、動かないなら担いでいくぞー」
「それはぜってーヤダ!」
 道流が手を伸ばしてきたことに舌打ちながら、漣は手を避けながらひょいとソファーの上から立ち上がる。そして気だるそうに体を動かしながら扉のほうに向かう姿を見てタケルと道流は顔を合わせ、やれやれと苦笑をしあった。そして二人は事務所にいたプロデューサーやBeitのメンバーにいってきますと挨拶してから、漣の後を追って事務所の外に出た。

***

 暑い外気とはうって代わり涼しげなレッスン室で思う存分に練習に励んでいれば、時はあっという間に流れて日が落ちかけていた。用事があるからとそのまま道流とは建物の入り口で別れ、漣はそのままプロデューサーの自宅へ、タケルは自分の部屋へ帰ることになった。漣とタケルは同じ方向に足を進める。昼とは違って過ごしやすい気温ではあったが、漣とタケルはなんだか走る気にもなれず、色の混じる夕焼け空の下を同じ歩幅で並んで歩いた。
 とくに仕事の話をするわけでも、なにか好きな話題を振る相手でもないお互いは暫く無言であったが、思い出したように口を開いたのはタケルだった。
「そういえば、来週はオマエどこに泊まるんだ。円城寺さんいないだろ」
「は?らーめん屋、来週いねェのかよ」
「……話聞いてないのかよ。地元に帰って墓参りだ」
「はかまいりィ?」
「毎年誰かしら行ってるだろ、円城寺さん今年は長く居るらしい。……オマエは、どうせ今年も行かないんだろ」
「そんなモンねェし、やる必要も考えたことねェ」
「……そうか」
 牙崎漣を毎年見ているタケルにとって考えずともわかることだったが、本当はそういうものがあるのではないかと毎年考えてしまう。生まれも家庭環境も謎のまま、どこの国籍でいたのかもわからなければ何を信仰しているのかすらも不明だ。
 母親のことを知らないと聞いたことはあるが父親はまだ生きているようだし、少なからずなにかしらの死生観は本人の中にあるに違いないと柄にもなく思ってしまう。自分達はとうに成人を迎えていて出会いから数年経っているにも関わらず今までつつくことなんてしなかったのに、年齢と時期的なせいだろうか、何故か今年は色々と口が滑ってしまうようだ。
「オマエ……って、ご先祖さまの墓とか日本じゃない所ならあるのか?」
「しらねェ」
「オマエの親父さんに」
「……連れてかれた記憶もねェよ。クソ親父が行ってンのを見たこともねェ」
 珍しく真面目に回答してくる漣に多少驚きつつも、そこまでわからないと言われてしまえばもうなにも聞くことは無かった。漣も漣で誰かを思い出し敬い祈るような対象がないのだと何年越しに改めて理解し、タケルは無意識に胸を撫で下ろしつつも、自分の感情に違和感を覚えた。
 こんな身近に似たような境遇を持つ存在がいることで、心のどこかで安堵している自分がいるなんて、どうかしている。

 すれ違い様に見かけた家族連れを何組か横目で追う。親子の会話が雑音みたいに耳に残るのを感じながら、タケルはふとアスファルトに目線を落とす。行き交う人々の足元は、誰と歩みを並べているのか。
 人間はいつか身体を失うと、葬儀を上げたり、誰かと共に、または一人で、どこかに亡き肉体を納める。どうしたいかは本人の希望であったり、親族の相談の上であったり、宗教上であったり、様々だ。
──彼らはいつか、生涯を終えた後どこにいくのだろうか。
 揺れる感情を誤魔化すように見上げれば空は既に赤紫色から紺色に姿を変えていた。
 生ぬるい風が頬を撫でていくのを肌で感じながら目を閉じると不意に指先が隣の体温に触れ、その瞬間じわりとタケルの中に衝動が生まれた。
「……俺たちは、」
 一瞬ぶつかっただけの指先に点る熱を逃がさぬように手のひらへ握りしめる。
「どこに、入るんだろうな」
 柄にもない言葉が、今日は本当に良く出る日だ。ポツリと洩らした言葉は本当に自分が発した言葉なのだろうか。
 漣に聞こえるか聞こえないの声量ではあったが、隣の男はしっかりといつものように、はぁ?と返事を返してきた。
「そんなん必要ねーし」
 漣から帰ってきた言葉に、思わずタケルはピタリと足を止めた。数歩進んだ先で漣も止まると、踵を返して振り返る。
「オレ様はまず死なねェからな」
 漣は口角を釣り上げる、その表情は凛として真っ直ぐで、瞳の奥には夜闇が宿る隙すら無いようだった。そんなこと絶対にあるわけがないのに、馬鹿みたいに自信を持って言うものだから、タケルは絶句しかけたあと釣られるように馬鹿みたいだと心底可笑しくなった。
「……言うと思った、馬鹿だろ」
 心のどこかでそんな馬鹿みたいな言葉を望んでいたのかもしれない、真面目すぎる現実から一瞬でも逃してくれるような、そんな非現実的な答えを。
 タケルは再び足を一歩運ぶと、漣の隣まで歩み寄る。それを合図に再び二人は家路を進みながら、もう少しだけ馬鹿な話をしたくなった。
「じゃあ、例えばもしオマエが骨になったらどこに置かれたい」
「だから」
「例えばだ」
「チッ…もしそうなったとしたら、そうだな……この世界で一番高いトコだな!」
「……それって、エベレスト山か?」
「エベレ……?は知らねーけど。ま、オレ様ならそんな山よりもっと上に行ってやるぜェ!!」
 どこのことを言ってるんだコイツ、宇宙かよ。
 これで本気のつもりなのだから可笑しい話だと心のどこかで笑いながらも、そういえば自分が生まれるより昔、世界の中心で恋人の骨を散骨するドラマが流行っていたらしいことを思い出してあながち非現実的ではないのかもなと頭を過る。
 非現実的なことが現実になることは、そう難しくもないのだ。だとすればこの牙崎漣の希望に応える者は相当面倒な任務を背負わされるものだと同情した。
「ていうか、オマエの骨なんて誰が持ってくんだ」
「くはは、チビ、てめーが持っていきやがれ!」
「はぁ!?誰がオマエのなんて……、……っ」
 まさかの指名にタケルは慌てた声を上げてしまい、そんな面倒なこと誰がするかと言いかけて、外灯の光で影となった漣の顔を目に映した瞬間、ヒュッと一瞬息を飲み、自分から始めた話題に後悔した。
 そんなこと、考えたくもない自分がいることに気づいてしまった。
「オマエの骨なんて、俺は運ばないからな」
「ああ?」
「オマエが、……いや、いい」
「ンだよ」
「なんでもない」
 冗談でも、本気でも、口にするには重すぎると思ってしまった。続きを求められたくない、そんな言葉を言うのはまだ先で良い。
 タケルは言葉が溢れそうになる口許を抑えて、目を泳がせた。
「オマエが、俺の骨を運ぶほうが先だ」なんてことを言ったら、勝ち負けみたいな話ではないというのに言い争う気がしてしまった。
 そんなことを言い合うのは、まだずっと、先が良い。

 だけどもし遠すぎる未来、いつかその日になったら自分はどこにいたいだろうか。
 コイツはどこに運んでくれるのだろうか。
 俺の希望を聞いてはくれるのだろうか。
 もし、できることなら、願わくばその時は、この世界で一番高いところが良いかもしれない。




願わくばその時は
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同じお墓に入りたがるのは多分タケル(重)
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2019/09/19 Site up
2019/08/14 Create

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