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水面下

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創作P×タケル

お題『本当は、嘘です。』に沿ってPタケ

『本当は、嘘です。』


「アンタ……いつも仕事漬けみたいだけど、彼女の相手とか大丈夫なのか」
「……え?ん?」

 黄昏に彩られ始める頃、単独仕事を終えた帰り道。タケルは隣に並んで歩くプロデューサーの左薬指にハマった指輪を怪訝そうに見つめながら呟いた。
 突然の問い掛けにプロデューサーはぱちくりと目を瞬いて間抜けな声を出してしまったが、己の指輪と頭の中の仕事量に意識を向けてみて、そこで初めて、ああタケルは単独の仕事にすら付き添ってる自分のプライベートを案じてくれたのだと察した。
 此処のところは確かに、事務所の知名度も上がってきたことでアイドルたちの仕事が増えたこともあり必然的に自分の仕事も増えてきた。事務員の山村でも溢れそうになるほどで、現役大学生を残業させるわけにもいかないので必然的に自分が引き継ぎ夜遅くまで業務を行っていた。そろそろ人員増加を視野に入れるべきだと考えてた矢先だったので、その状況を見越した上でタケルは身体の疲労含め、身内との関係を心配をしてきたのだ。
 担当アイドルに気遣わせてしまったことに対して申し訳なさを感じながらも、こうして気に留めてくれることに信頼感や好感度みたいなものを感じてしまい、ついつい嬉しくなってしまうのはプロデューサーとして失格だろうか。とりあえずタケルに心配をさせるわけにはいかないと思い、プロデューサーは精一杯の笑顔を向ける。

「ああ、大丈夫。俺の仕事がどんなのかもわかってるし、付き合い始めた頃からこういう業界の仕事はしてたし、アイツも理解してるから」

 だから自分の仕事が忙しくても大丈夫だと告げれば、タケルは「……それならいいんだけど」と口を尖らせた。タケルも良い年齢の男子だ、女性が何をもってパートナーに対して嫉妬したり文句を言ったりするのかはわかるのだろう。
 それを危惧しているのだろう、あまり納得ができていない顔を横目に見ながら、プロデューサーはそれ以上の話は求めてくれるなと心の中で叫んだ。
 しかし、その願いは届かず。

「……アンタの彼女って、その……どんな人なんだ」
「……えーっっと……」

 プロデューサーは思いきり口ごもった。
 珍しく色事に首を突っ込んでくるのに驚きを感じつつ、なにがタケルの好奇心を突き動かしているのかがまったくわからなかった。そういった話には正直興味を示さないイメージがあったはずなのに、今日に限ってはこうだ。
 思い当たることを考えてみたが、思い当たる節も特になく、うーんと頭を傾けてしまう。すると回答が疎かになっている様子を察したのか、タケルは続けて、ぽつりと、言いづらそうに呟いた。

「……結婚、とか、考えてるのか」
「……けっ……」

 結婚。

 そのワードにプロデューサーは記憶と記憶が結び付いた。そういえば今日の仕事は雑誌のインタビューが中心であったが、その中で「将来結婚するならどんな人を」というよくある質問をぶつけられていたことを思い出した。
 タケルは困ったように「まだ、そういうのは考えたことはないけど……」と、続けて当たり障りない仮想の女性像を答えているようであったが、その時ちらりとこちらのほうを見られた気がした。あれはきっと「どういう答えをしたらいいんだ?」と言うアイコンタクトだったと思っていたが、よく思い出せばその目線の後に自分の指輪を見られてもいた。……気がする。

 その意図がなにを示していたのかは本人に聞かなければ到底わからないことだが、少なからずプロデューサーの相手を気にしはじめてしまったということはこれでわかってしまったわけで。
 それを踏まえて、じっと好奇の目を向けてくるタケルの目線が自分に刺さった。

「ええと…ちょっと我が強い感じだけど根は良い奴……でもやっぱり俺がズボラだからよく文句言われてた。結婚は……まーなにも考えてない」
「アンタ、尻に敷かれるタイプだろ……」
「そんなことないと思うけど、否定できねー……」

 やっとのことで答えてみれば、アンタ仕事はできるのにプライベートはズボラなのかよと腕を小突かれた。苦笑いしながらごもっともと答えれば、そんなプロデューサーの物言いに安心したのか、タケルはふと顔を綻ばせた。

「そっか……まあ、今それでいいならいいんだ。……理解してくれてる人なら良かった」
「……まあ、な」
「でもあんまり放置しすぎるのも良くないと思うぞ、いつ捨てられるかわからないんだからな、ズボラなアンタの場合は特に」
「ははは、言えてる。…気を付けるよ」

 タケルの言葉を受け止めて、無意識に左薬指の指輪を指で回す。働きすぎたのか指が少し細くなったのか、指輪はくるくる回していたら外れそうだった。
 その仕草を見ていたタケルの顔はどことなく寂しそうな気がしたが、夕焼けが完全に落ち辺りが暗くなったせいで影が落ちていただけかもしれなかった。


 他愛のない会話を繰り返して、気づけばタケルの自宅の側まで来ていたのでそのまま帰るように勧めた。事務所を手伝おうかと申し出られたが、タケルの明日のスケジュールのこともあったので丁重にお断りとして、頭を撫で、背中を押して帰らせた。
 小さくなるタケルの背を見送りながら、プロデューサーは今日まで意識の外にあった指輪を気に掛け、手を掛け、再びくるくると回した。

 そしてそのまま指輪を抜くと、ひとつため息をついてポケットの中に押し込めた。


「……昨日別れたとは、さすがに言えねーわ」

 仕事を優先しすぎたせいで愛想を尽かされたなんて、あのタイミングで言うのは気が引けた。今はプロダクションの大事な時期だからこそ、アイドルたちに気を遣わせたくはなかったのだ。今日、身を案じてくれたタケルには、尚更。

 大きな仕事が落ち着いたら、そのうち笑い話みたいにぶっちゃければ良い。その時「だから言っただろ!」と、大事なアイドルに叱られるかもしれないが、それもまたひとつの楽しみだ。
 嘘はついてしまったが、それはこの先のための嘘だから。
 そんなことを自分に言い聞かせて、プロデューサーは仕事が山積みの事務所への帰路を急いだ。



『本当は、嘘です。』

2019/09/22 Site up
2018/03/30 Create

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